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春が来ると

2016年03月23日 徒然日誌(余話)
 北の国では、春が訪れるこれからの時期が格別だ。
 この冬は暖かくて楽だった。とは言え、雪は積る。清純静謐な光景だが、何か月も囲まれるとそうも言っていられない。なによりも寒さに身がちぢこまる。いくら便利な世になっても、みちのくの冬はひっそり沈む。
 これが一斉に、一斉にである、解放されるのだ。
 この地方の四季は実にくっきりしている。季節から次の季節に章 –Chapter- が移ろう、そのページをめくる音がほんとうに聴こえる気がする。その「春の章」が、今年も近づいている。

 春は、日本人には特別である。そこに、人と人との出会いや別れがあるからだろう。そして、ここにきて思うのは、田舎の春は圧倒的に離別の季節である。
 都市で暮らしていた頃は「スタート」のイメージが強かった。新入社員などの新しいエネルギーが、社会に入り込み、生き生き若返る。しかし、考えてみれば、その多くは地方から抜けてきたものなのだ。
 私たち夫婦が経営する店では、この時期、いくつかの家族の宴が催される。卒業や入学のお祝い会である。高校を卒業する場合、それは旅立ちを意味する。若者たちは、これから始まる都市での新生活への期待に表情が明るい。良いことばかりではないだろうが、すべてを肥やしにして逞しく成長して欲しい。幸あれ、と願う。
 と同時に、この若者たちが将来、また戻ってくることがあるのだろうか、と淋しさも感じる。

 人がどこに住もうかというは、それぞれの自由である。
 若者の流出を堰き止めようと、新しい枠組みの奨学金制度を新設し、また、ふるさと就職の窓口を充実させるなど、県も躍起である。本当はふるさとに居たいのに、就学・就職の機会がないため「泣く泣く」都市に行かざるを得ない。だから、雇用の創出が最善策だ、という考えに基づいている。
 そうかも知れない。だが、少なくとも私の場合は、退屈な田舎が嫌で「嬉々として」ふるさとを飛び出した。未知の世界に憧れ、そこで自分の可能性を試してみたいと渇望するのは、若者なら自然の欲求である。それは、いつの時代でも変わらないのではないか。
 長い目でみて、力を注ぐべきはふるさと教育であろう。それも、教える教育ではない。ともに発見する行為である。
 教師が、一般科目を教えるようにしては、子供たちの心にふるさとは刻まれない。地域の住民たちが、あるいは起業者や移住者の目線を含めて、そこに「在るもの」を、子供たちとともに発見するようなコミュニティ教育でありたい。
 ふるさとにある魅力や可能性に自らが気づくということが大事だ。自然がいっぱい、空気がおいしいというレベルの魅力ではない。例えば、農業や建設業、介護・福祉、公務員などなどの旧来の枠にない職業づくりなどは面白い。未開拓な地域資源がまだたくさん眠っていることや、そこに自分の能力をかける意義などを感じてもらえれば素晴らしい。公共心や独立精神、そういった人間力を形成する場としても、コミュニティ教育の存在は重要となる。
 これが功を奏して、ふるさとにとどまる若者が増えれば喜ばしいが、そうでなくて、都市に出る者があっても、それでも構わない。大事なことは、ふるさとという軸を創ることである。

 地方の若者の流出が止まらない一方で、都市に生まれ育った若者の田園回帰が始まっている。
 地方の若者には、そこに留まるか、都市に出るか、という選択肢が、狭い広いという問題があるにせよ、普通にある。だが、都市で生れ育った者には、地方に向かうという選択肢がなかった。Iターン等で田園に回帰しようとしている若者の一群はその先駆者である。
 人がどこに住もうかというは、それぞれの自由である。
 ということを考えれば、若者の田園回帰は、不思議な現象のようで、実は当たり前のことが始まったのだと解釈される。競争社会に居るか、共生社会に身を置くかという判断と行動を自らがし出したということだ。
 人の移動が地方から都市という一方的だったものが、こうして相互に行き来することになれば、都市-地方の関係が変わる。従属という歪な姿を脱皮し、対等なものになっていくのではないか。
 ここで、先のふるさと教育が活きてくる。地方から出ていった者が、都市部にあっても、応援団的存在として周りを巻き込んでくれるからである。地方でも、地方に留まった者とIターン組とが化学変化を起こし、帰農や起業に花が開いていく。子供たちが、そういう大人たちの姿を観て、地方に自分の将来を掛けてみたいと育つ日が来るかも知れない。

 雇用の数だけ確保して、人の数を守ろうとしても、その地域は生き返ってこない。地域の活性化とは、意欲を持って自分の生き方を開拓していく者がどれだけその地域に棲んでいるか、にかかってくるのだろと私は想う。
 若者が地方から都市に向かうのが普通であるのに、その逆は、まだまだ普通でない。起業や帰農の壁をどうやったら押し下げられるものか、考え、実践していく必要がある。
 春が来ると、この町を去っていく若者たちに出会う。今はそっと背中を押してあげようと思う。

こぶし
春が来ると

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