東京って、いい街だな
2016年03月01日 徒然日誌(余話)
県の移住フェアが銀座であり、お役目を仰せつかって上京した。
早朝便で羽田に降り、モノレールで浜松町へ、時間があったので、そこから目的地までのんびり歩いた。37年の都市住まいのかなりは、新橋周辺や汐留のビルで仕事をしていたのだから、この界隈は勝手知ったる庭のようなものだ。
日曜の都心は、ビジネスデーの人込みもなく、心なしか街ゆく人の歩みもゆったりしている。食堂から漂う朝餉の匂い、車や電車の音、人の声、レンガ道のイタリア街でウィンドウ越しに眺めるレストランの調度品、道端のプランターに整然と植わる花々。道々に警備員がずいぶん多い、ああそうか、今日は東京マラソンだ。
それらが、私の五感を心地よく刺激し、脳細胞がピチピチ踊って、喜んでいる。
不覚にも、ああ、東京って、いい街だなあ、と思った。
なぜ、不覚かと云うと、秋田においでよ、とお誘いする役目を目前に、東京って、いい街だね、となるのは、ちょっと洒落にならないかな、と想ったのである。
トークセッションや個別相談は、つつがなく終わった。かつての会社仲間や体験ツアーで旧知となった方も来られ、また、ヤギの飼い方相談も受けたり、有意義なひとときを過ごした。
あらためて感じるのは、ひとりひとりが全部違う、ということである。地方移住は、それぞれの人生観や価値観を色濃く投影するものであるから、移住を考えている人の数だけ、その思いや条件が違って在る。
若者やシニアなどの層によって、一定の傾向や類型のようなものはあるだろうが、それに当てはめようとしたり、自分の主観を押しつけたりすることは控えた。諸々の事実を、良いことも悪いことも、なるべく多く、そして分かり易く説明し、判断の一助にしてもらうというスタンスが望ましいと思う。
地方移住は、人生のなかの不連続点である。連続を断つ川なり、谷なりをポンと跳び越えなければならない。
Uターンよりも、JターンやIターンの方の川幅がある。就業よりも、帰農や起業のハードルが高いし、起業でも、経験のある仕事を興す場合と、未経験のものにチャレンジする場合とでは、たいへんさが異なる。就農であれば、土地や農機材を引き継げる条件にある人とまっさらで始める人とでは、大きなハンデ差がある。多額の投資を求められる起業と身軽にできる場合とではリスクが随分違ってくる。マーケットを地元の住民を対象にする業と都市部をターゲットにする業とでは、あるいは、雪の季節の影響を受ける業とそうでない業とでは、経営戦略がまるで変ってくる。
私の場合は、Jターン組で、未経験の、そして相応の投資を求められる業種の起業であり、パイの小さい地元のマーケットが主な対象であり、しかも雪道の影響をもろに受ける。そうか、そういうわけだったか、と今更に壁を見た思いだが、どうにか生き延びている、よし、としよう。
地方移住を円滑に進めるためには、以上のような客観的な分析と活動準備などが重要だ。だが、どうも、それで推し量れないものが多分にある気もする。結局、もっとも大事なことは、人間力と心身の健康なのかも知れない。比較的に小さなコミュニティの内で、信頼しあって生きていくためになくてならないものだからである。
人は幸福を望み、それを求めて、一部の人は地方への移住へと動き出す。
川なり、谷なりをポンと跳び越えるために、なるべく多くの情報を入れ、なんどか現地に触れ、夢を見ながらも、冷静に現実を見つめる目をもって欲しい。自分の人生は、自分の二本の足で歩くしかない。
実際に移住してみると、移住した、というアウトプットより、情報収集のために多くの人脈を得たことだとか、自分の内面に向き合って自問自答を繰り返したり、家族や夫婦のこれからのことを話し合ったりした、そういうプロセスが宝だったな、と思う。
その結果、誰かが移住に踏み切ったとしても、誰かは都市にとどまったとしても、構わないではないか。東京も、いい街なのである。
さて、東京っていい街だな不覚事件に戻ると、これは私が、この街をよそ者の視線でとらえたからである。つまり、自分という人間の軸足が田舎に移っている証なのだろうと思う。
そもそも都市生活を嫌って、移住したわけではなく、結構、エンジョイしていた。ときどきは、脳細胞をピチピチ踊らせるために来てみようか。

銀座のフェア会場は、ギャラリーであった店舗跡を利用 素敵な雰囲気でした
早朝便で羽田に降り、モノレールで浜松町へ、時間があったので、そこから目的地までのんびり歩いた。37年の都市住まいのかなりは、新橋周辺や汐留のビルで仕事をしていたのだから、この界隈は勝手知ったる庭のようなものだ。
日曜の都心は、ビジネスデーの人込みもなく、心なしか街ゆく人の歩みもゆったりしている。食堂から漂う朝餉の匂い、車や電車の音、人の声、レンガ道のイタリア街でウィンドウ越しに眺めるレストランの調度品、道端のプランターに整然と植わる花々。道々に警備員がずいぶん多い、ああそうか、今日は東京マラソンだ。
それらが、私の五感を心地よく刺激し、脳細胞がピチピチ踊って、喜んでいる。
不覚にも、ああ、東京って、いい街だなあ、と思った。
なぜ、不覚かと云うと、秋田においでよ、とお誘いする役目を目前に、東京って、いい街だね、となるのは、ちょっと洒落にならないかな、と想ったのである。
トークセッションや個別相談は、つつがなく終わった。かつての会社仲間や体験ツアーで旧知となった方も来られ、また、ヤギの飼い方相談も受けたり、有意義なひとときを過ごした。
あらためて感じるのは、ひとりひとりが全部違う、ということである。地方移住は、それぞれの人生観や価値観を色濃く投影するものであるから、移住を考えている人の数だけ、その思いや条件が違って在る。
若者やシニアなどの層によって、一定の傾向や類型のようなものはあるだろうが、それに当てはめようとしたり、自分の主観を押しつけたりすることは控えた。諸々の事実を、良いことも悪いことも、なるべく多く、そして分かり易く説明し、判断の一助にしてもらうというスタンスが望ましいと思う。
地方移住は、人生のなかの不連続点である。連続を断つ川なり、谷なりをポンと跳び越えなければならない。
Uターンよりも、JターンやIターンの方の川幅がある。就業よりも、帰農や起業のハードルが高いし、起業でも、経験のある仕事を興す場合と、未経験のものにチャレンジする場合とでは、たいへんさが異なる。就農であれば、土地や農機材を引き継げる条件にある人とまっさらで始める人とでは、大きなハンデ差がある。多額の投資を求められる起業と身軽にできる場合とではリスクが随分違ってくる。マーケットを地元の住民を対象にする業と都市部をターゲットにする業とでは、あるいは、雪の季節の影響を受ける業とそうでない業とでは、経営戦略がまるで変ってくる。
私の場合は、Jターン組で、未経験の、そして相応の投資を求められる業種の起業であり、パイの小さい地元のマーケットが主な対象であり、しかも雪道の影響をもろに受ける。そうか、そういうわけだったか、と今更に壁を見た思いだが、どうにか生き延びている、よし、としよう。
地方移住を円滑に進めるためには、以上のような客観的な分析と活動準備などが重要だ。だが、どうも、それで推し量れないものが多分にある気もする。結局、もっとも大事なことは、人間力と心身の健康なのかも知れない。比較的に小さなコミュニティの内で、信頼しあって生きていくためになくてならないものだからである。
人は幸福を望み、それを求めて、一部の人は地方への移住へと動き出す。
川なり、谷なりをポンと跳び越えるために、なるべく多くの情報を入れ、なんどか現地に触れ、夢を見ながらも、冷静に現実を見つめる目をもって欲しい。自分の人生は、自分の二本の足で歩くしかない。
実際に移住してみると、移住した、というアウトプットより、情報収集のために多くの人脈を得たことだとか、自分の内面に向き合って自問自答を繰り返したり、家族や夫婦のこれからのことを話し合ったりした、そういうプロセスが宝だったな、と思う。
その結果、誰かが移住に踏み切ったとしても、誰かは都市にとどまったとしても、構わないではないか。東京も、いい街なのである。
さて、東京っていい街だな不覚事件に戻ると、これは私が、この街をよそ者の視線でとらえたからである。つまり、自分という人間の軸足が田舎に移っている証なのだろうと思う。
そもそも都市生活を嫌って、移住したわけではなく、結構、エンジョイしていた。ときどきは、脳細胞をピチピチ踊らせるために来てみようか。

銀座のフェア会場は、ギャラリーであった店舗跡を利用 素敵な雰囲気でした